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RSワクチンの定期接種化について、薬剤師として冷静に考えてみる

hokkorisweets
8月9日
読了時間: 7分

 薬学部1回生のとき、講義でサリドマイドによる催奇形性の症例写真を数多く見ました。妊婦のつわりや不眠に使われた薬が、生まれてくる子どもたちの身体に取り返しのつかない影響を与えた事実は、今も薬に関する記事を見る上での原点になっています。


 また、新型コロナワクチンをめぐっては、接種後に亡くなった方のご遺族が国を相手に国家賠償を求める訴訟を起こしており、現在も東京地裁で審理が続いています。これとは別に、予防接種法に基づく「予防接種健康被害救済制度」という行政上の救済制度があり、こちらは因果関係が「明確に否定できない」場合に認定するという緩やかな基準で運用されているため、コロナワクチンについては過去のどのワクチンよりも多い件数が認定されています。裁判の決着はまだついていませんが、行政の救済制度でこれだけの件数が認定されているという事実自体は、軽視すべきではないと感じています。


 製薬会社に勤めていた経験から、学会の運営費に製薬企業からの寄付や広告収入が入っていることも知っています。だからといって学会の発表がすべて誤りだとは思いませんが、「情報を鵜呑みにせず、一次資料に当たる」という姿勢は、薬剤師として当然のことだと考えています。


 2026年4月から、妊婦を対象としたRSワクチン(アブリスボ筋注用)が定期接種に加わりました。SNSでは「抗ウイルス抗体の定期接種」といった誤解も含めて賛否が渦巻いていますが、ここでは添付文書と公的機関の一次資料に基づいて、できるだけフラットに整理してみます。


1. そもそも何を接種しているのか

 

 まず訂正しておきたい誤解があります。「抗体の定期接種」という表現がSNSで広がっていますが、これは正確ではありません。

このワクチン(アブリスボ)が含んでいるのは、RSウイルスの表面にあるタンパク質(プレフュージョンFタンパク質)を組換え技術で作った抗原です。これを妊婦の筋肉に接種すると、妊婦自身の免疫system が抗体を作り、その抗体が胎盤を通って胎児に移行する、という仕組みです。

打っているのは「抗体」ではなく「抗原」。できた抗体だけが胎盤を通過し、ワクチンの成分自体は胎児に移行しません。この仕組みは目新しいものではなく、破傷風トキソイドを妊婦に接種して新生児破傷風を防ぐ、昔からある母子免疫と同じ原理です。またmRNAワクチンとは技術的に別物(組換えタンパクワクチン)です。

2. 信頼区間をどう読むか


 添付文書には「VE(ワクチン有効率)57.1%(95%信頼区間 14.7, 79.8)」のような数字が並びます。この読み方を誤ると、印象が大きく変わってしまいます。

 信頼区間とは、ひとことで言えば「真の値がどのくらいの幅に収まりそうか」を示す統計的な"当たりやすさの範囲"です。

 同じ試験を100回繰り返したとしたら、そのうち約95回は、真の効果がこの幅の中に入るだろう ― という意味です。1回の試験結果だけで「効果は正確に57.1%」と言い切れないので、その不確実性を数字の幅で表しています。

重要なのは次の2点です。

  • 区間が狭い=サンプル数が多く、推定が安定している

  • 下限が0%に近い、あるいはマイナスをまたぐ=「効果がない」可能性を否定しきれない

 実際、添付文書の妊娠週数別の部分集団解析(表4)では、生後90日時点・妊娠24~28週接種群でVE 55.1%(95%信頼区間 -26.6, 86.0)と、下限がマイナスになっている箇所があります。これは症例数を絞り込んだ部分集団解析であるため区間が広がるのは統計学的に当然のことですが、「妊娠週数によっては、統計的に効果があると言い切れない場合もある」という事実として、正直に読んでおくべき数字です。

 一方、主要評価項目(重度の下気道疾患、生後90~180日、全体集団)ではVE 69.4~81.8%、信頼区間の下限も29.4~40.6%と、0%を大きく上回っており、こちらは統計的にかなり確からしいと言えます。

 「全体としての有効性」と「特定の条件下での確からしさ」は、分けて読む必要があるということです。


3. 「接種要注意者」は誰のことか


 添付文書の「9.1 接種要注意者」は、血小板減少症・免疫不全・基礎疾患などがある妊婦本人について、接種の適否を慎重に判断すべき、という注意です。「重篤化しやすい子ども(胎児・新生児)」についての記載ではなく、あくまで接種を受ける母体側の健康状態に関する注意である点は、正確に区別しておく必要があります。

 なお、母体が免疫不全状態にある等の理由で胎児への抗体移行が不十分になりうる場合については、日本小児科学会が「RSVモノクローナル抗体製剤(ニルセビマブ等)による代替」を検討すべきとしており、ワクチンで守りきれない児への備えが別途用意されています。


4. 「出生2週間前」の記載について


 添付文書5.2には、「接種後14日以内に出生した乳児では有効性が確立していない」とあります。これは効果がないことの証明ではなく、母体が抗体を作り、それが胎盤を通じて胎児に移行するまでには一定の時間がかかるという、受動免疫(母子免疫)の生理学的な制約です。だからこそ添付文書は「妊娠28~36週の接種が望ましい」と時期を絞っています。これは承認前から分かっていた設計上の限界であり、後から取り繕われたものではありません。


5. 副反応について、添付文書に書いてあること


 臨床試験(C3671008試験、母親7,358例)で報告された重大な副反応は、頻度不明の「ショック・アナフィラキシー」と「ギラン・バレー症候群」の2つです。注射部位の疼痛・発赤・腫脹、頭痛、筋肉痛などは接種群でプラセボ群より多く見られましたが、多くは軽度から中等度で2~3日で消失したと記載されています。早産や低出生体重との関連は、この試験では示されていません。

 とはいえ、臨床試験の規模には限界があり、非常にまれな副反応は市販後にしか見えてこないこともあります。日本小児科学会も「我が国で接種を受けた妊婦及び児の安全性のモニタリングを行うことが重要」と明記しており、これは今後も注視すべき点です。


6. 利益相反について、どう向き合うか


 学会の運営費に製薬企業の資金が入っていることは事実であり、指摘すること自体は正当だと思います。ただし、「利益相反がある」ことと「データが誤っている」ことは、論理的には別の問題です。利益相反はバイアスのリスク要因ではありますが、それだけを根拠に添付文書やPMDAの審査データそのものを否定することはできません。

 冷静な記事にするなら、学会の「結論」と、その根拠になっている「生データ(添付文書・PMDA審査報告書)」を分けて検証する、という姿勢が大切だと考えています。


まとめ

  • 打っているのは「抗体」ではなく「抗原」。抗体は母体が自分で作る。

  • 信頼区間は「真の値がどのくらいの幅にありそうか」を示すもので、下限が低い・マイナスの箇所もあることは正直に読むべき。

  • 「接種要注意者」は母体側の注意事項であり、ハイリスクな胎児には別の備え(モノクローナル抗体)がある。

  • 14日ルールは受動免疫の生理学的な制約であり、隠された欠陥ではない。

  • 利益相反の指摘は妥当だが、データの妥当性とは切り分けて考える必要がある。

  • 市販後の安全性モニタリングは今後も重要な課題として残っている。

薬にしてもワクチンにしても、「絶対安全」も「絶対危険」もありません。一次資料を自分の目で確認し、ベネフィットとリスクを天秤にかけて判断する ― それが最も誠実な向き合い方だと思っています。


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